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RT企画4 「梔子の午睡」
「雨は君がために」および「君が眠りゆく朝に」から、慶喜さんと和宮様のお話。

ツイッタでのリク+ブログのメルフォからのリクで、2RT分です。

 ↓

 

 ちりん、と風鈴の音が響く。
 そろそろ片付けようと思いつつも、昼間の暑さでついついおざなりになってしまう。
 戸を開け放ち、風鈴の音色とともに庭先から流れ来るそよ風を聞きながら、籐椅子に座って本を読む。近頃はこればかりだ。外に出かけて釣りをしたり、写真を撮ったりしたいが、数日前から外出禁止、と家の者にきつく言われている。理由は明解だ。先日、自転車で町中を走っていた際、よそ見が原因で店の軒先に突っ込んでしまったせいだ。怪我はなかったが自転車は壊れ、店に迷惑をかけてしまい、しばらくは謹慎なさってください、と叱り飛ばされたのだ。
 しかしながらあれは、ただのよそ見ではない。
 町中で不意に、懐かしいひとの面差しを見つけた。
 あり得ないとわかっていても目が離せず、そうするうちに、件の事態だ。
「我ながら青臭いな」
 小さく息をつきながら、本の頁を繰る。
 ちりりん、と涼しい音が響く。
 その聞こえとともに、ほのかに甘い香りが漂う。
 不思議に思って顔をあげた。その途端、声を失う。
「お茶を淹れました。こちらにいらっしゃって召し上がりませんか?」
 縁側にちょこんと座った小柄な女性が、にこやかに笑う。
 俗に御所風と呼ばれる着物をまとい、緑なす髪を背に流した姿、芯の強さと心根の優しさがそのままあらわれた可憐な容貌(かんばせ)。
 この姿を、この御仁のことを忘れたことなど、一度もない。
「和宮様」
「ご無沙汰しています、慶喜様」
 先帝の妹であり、十四代将軍正室であり、慶喜にとっては将軍家の継母にあたる静観院、和宮親子内親王。やんごとなき身の上ながら、いまは屋敷の軒先に腰掛け、おっとりとした笑顔ととも茶菓子をすすめてくる。
「美味しい大福をいただいたのです。つぶあんとこしあん、慶喜様はどちらが好きですか?」
「……俺は、どちらでも」
「では、こちらのほうを差し上げますね。どちらなのかは、食べてのお楽しみです」
 となりに腰をおろした慶喜に大福を手渡しながら、和宮はなおも微笑む。終生変わらない慈愛の笑みに、心がただほぐれていく。
 先日、町中で見かけたのはこの面差しだ。
 けれど当人を目の前にすると、まるで違う。和宮はまぶしい。その声で名を呼ばれると、それだけで幸せだと感じてしまう。ひそやかなる思慕は衰えることなくこの胸に息づいている。
「宮様、今日はいかがなさいましたか。なにか御用であったのなら、私が出向きましたものを」
「御用……では、ありません。そうではなくて、私、お礼を言いにきたのです」
「お礼?」
 なんのことだろう。心当たりのない慶喜は目をまるくした。
 すると和宮は懐から小さな包みを取り出す。
 華やかな西陣織の布の中から現れたのは、華奢な手にちょうど収まる大きさのガラス湿板の写真。そこに写っている者の姿は、慶喜もよく知っている。
「この写真……大樹様の写真を私にくださって、ありがとうございます。言葉ではとても言い表せないほど、本当に、心から感謝しています。この写真は大樹様と私と、慶喜様、三人で大騒ぎをしながら撮った楽しい思い出も詰まっている、とても大事な宝物ですから」
「光栄です」
 慶喜は言葉少なくうなずいた。
 あれはまだ、十四代将軍家茂が健在であったころ。京都に向けてひそかに旅発つ前、一橋邸に写真技師を呼んで撮ったものだ。家茂の写真は、この世でただひとつ、和宮に渡した一枚限りだ。
「慶福(よしとみ)、いや、大樹公は息災ですか?」
「ええ。でも、拗ねていますよ。宮を撮った写真もあるはずなのに、とぶつぶつ仰ってます」
「あははははは、それはいい。贅沢ですよ。宮様ご本人がそばについているというのに、わがままだ」
「実は、私もそう思っています」
 ふふふ、と和宮はくすぐったそうに笑った。
「だから今日は、私、お忍びなのです。明日はなにかとせわしないから、その前にどうしても、お礼を伝えたくて。……ありがとう、慶喜様」
 あなたはどうぞ、『そちら』でまだまだゆっくりなさってください――――。
 穏やかに告げる声をさらうように、りん、と風鈴が鳴る。
 膝の上にのせていた本の頁が右に左にさまよい、やがて膝の上から落ちる。その音で、慶喜は目が覚めた。
「……ああ」
 お帰りになられたのか、と小さく息をつく。
 わかっている。
 あれは夢だ。
 明日は、和宮の命日だ。例年通り、江戸の増上寺と京都の泉涌寺でそれぞれ、法要が営まれることだろう。だが慶喜はどちらにも行けない。この駿府の屋敷で隠棲の身の上だ。ならばこそ、和宮がああして訪ねてきてくれたのだろう。
「ざまあみろ、慶福」
 義父でもある十四代将軍を幼名で呼び、慶喜は深く微笑む。そして、和宮の湿板写真をおさめた懐に片手を添えた。
 どれだけの恨み言を浴びようとも、こればかりは決して譲れない。
 幾年(いくとせ)の時間が流れようとも想いは褪せず、枯れず、いまも鮮やかに花咲いている。


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タイトルは「くちなしのごすい」です。
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雨君が97年、君眠が98年刊行、慶喜さんの若いころのお話「この夜闇に生まれて」も98年に書いたはずなので……ものすごく久しぶりに書いたにも関わらず、すうっとごく自然に文章が出てくるのが不思議です。
文庫を読み返したら、うおおおお、と頭を抱えたくなるのですが、やはり、とても大切な物語です。
また、この幕末五部作を書くためにいろいろ考えてる最中に生まれたアイデアが「姫神さま」なので、本当に思い出深いです。

Posted by 藤原眞莉 at 06:24 | ツイッタ企画 | -

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